光 希望 優しさ 愛

新時代に必要なものは優しさや愛 皆さんにそれを伝えていければと思っています。

鬼滅の刃の炭次郎君

 前回、かなり難しい内容だったので、今回は軽めの内容でいきます。

 私がアイコンで使っている竈門炭次郎君についてのお話です。

 炭次郎君は週間少年ジャンプで連載されている「鬼滅の刃」という作品の主人公です。

 私はジャンプ派で毎週欠かさずジャンプを読んでいますが、鬼滅の刃にドはまりしてしまい、炭次郎君が大好きになってしまいました。何故なら炭次郎君の性格や個性、人柄が私が理想として目指しているものと完全に一致していたからです。

 

 どこまでも甘くて敵の鬼にも同情し、優しい言葉をかけてしまう所、優しくてほっこりした表情、自分のためではなく、他人のために血の涙を流して逆上する所、全体的にずれている所、まあずれている所は別として、すべて私が理想として目指していた所であり、かなり自分とダブるものがあって炭次郎君のことが大好きになってしまいました。まあずれている所もかなりダブってるんですけどね。

 

 私は連載1話からずっと読んでいますが、「ちょっと変わった作品だな~、この作品は大当たりするかこけるかのどちからだろうな~」「こんな優しくて甘すぎる主人公、受けないだろうな~」と思って読んでいました。今思えば同族嫌悪だったんでしょうね。私も自分の甘さは十分に理解しており、こんな競争社会では絶対うまくいかないと思っていましたので。

 自分のためではなく、他人のためにしか怒れない人間、燃えない人間はこの物質主義の競争社会では無用の長物です。合理主義的尺度で考えれば、そんな人間は壊れているのです。そんなことは私が一番よく理解しています。

 

 そのことを心配してくれたかつての親友は、「もっと合理主義的に考えろ、辛くなれ、辛くなれ」としきりにアドバイスしてくれましたが、どうしても甘さを捨てることはできませんでした。結果、自己矛盾に陥り、すべてが嫌になり、逃げだしたのです。ここ数年、ずっと自分自身から逃げ続けていました。このブログの一回目でも書きましたが、ようやく最近立ち直ることができました。そのきっかけをくれたのが鬼滅の刃の炭次郎君でした。

 

 こんな甘すぎて優しい主人公が果たして受けるのだろうか?と見守っていたら、煉獄さんの登場あたりから化け始め、物凄く心を打つ名作へと化けたのです。

 煉獄さんの章では感動して号泣してしまいました。まあ当時の自分の境遇とダブっていたのでなおさら心を打ったのでしょう。煉獄さんの言葉に鼓舞されて私は再び立ち上がる決意を固めたのです。

 

 「がんばれ、炭次郎、がんばれ」と自分を鼓舞するシーンもありますが、これもなぜか自分の境遇とシンクロしていてとても心に響きました。恥ずかしながら、挫けそうになると今でも炭次郎君の名前を自分の名前に置き換えて自分を鼓舞しています。炭次郎君も頑張ってるんだから私もがんばろうと。まあフィクションですけどね。

 

 そして、鬼滅の刃はぐんぐんと人気が出てきてとうとうまさかのアニメ化決定。一昔前ならこんな甘すぎる主人公は絶対に受けなかったはずです。これが受けるということは確実に時代の流れや集合無意識が変化してきている証拠です。これらの要素も私が活動を再開しようと決意した要因の一つです。今ならこの甘すぎる私の活動方針や思想も受け入れられるはずだと感じたのです。

 私は大バカで頑固なので辛くなることは死んでもできないでしょう。だったらズレていても甘さを極めてやろうと心に決めたのです。

 

 作中で炭次郎君が見せるシンプルな思いやりや優しい行為と言葉、そこには神秘や奇跡や超能力などは一切ありません。誰にでもできる当たり前のことを当たり前のようにやっているのです。しかし、これが正解なのです。シンプルで当たり前のことほど人は忘れがちであり、見落としがちです。そして、それを実践するのはさらに難しいのです。それを炭次郎君は滲み出る優しさでさらっとやってのけます。目からうろことはまさにこのこと。毎回炭次郎君の見せる優しさには感動して泣いてしまいます。

 

 作中では主人公たちが音や匂い、感覚などで敵や人の気配などを感じることができるのですが、雷の呼吸の使い手、善逸君は音で人や鬼のことがわかります。

 善逸君は炭次郎君のことを「泣きたくなるような優しい音がする」と表現しています。作者の吾峠先生の表現センスがとても秀逸です。

 私も願わくば、泣きたくなるような優しい音の持ち主になりたいものです。いや、絶対になって見せます。こんな私ですがよろしくお願いします。

 

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泣きたくなるような優しい音の持ち主